2012年5月16日 (水)

鬼に訊け~宮大工 西岡常一の遺言

大阪・十三の第七芸術劇場で、「鬼に訊け~宮大工 西岡常一の遺言」(約2時間)の映画上映を観てきました。昨日知り合いから教えてもらい、いろいろ考えた結果、今日行ってきました。昼間14:45からの一日1回上映で、この18日までです。法隆寺の寺大工の棟梁からそれを辞して、薬師寺の伽藍復興のための棟梁となるあたりから、薬師寺回廊2期ができるまで(その完成前に逝去)を、建築史等専門家との意見衝突、師である祖父や弟子たちとのやりとりなど、全編を西岡棟梁本人等のインタビューとナレーションでまとめた珠玉の作品だと思います。2時間があっという間に過ぎました。この中では、「鬼」と称されたというような場面はなく、とても優しいそうな師匠というように見えました。弟子の人たちは「怖かった怖くて声をかけられなかった」と証言しているのですがその点はどうなんでしょうか。熱心な探求心とぶれのない考え・主張が人の上に立ち、人を引っ張ってきた原動力となっています。

時間的制約もある中、後二日しかありませんが、是非足を運んでみてはどうでしょう。お薦めです。映画鑑賞の後は、すぐ近くの元祖ねぎ焼の「やまもと」本店ですじねぎ焼を食するのもいいですよ。私も豚肉ねぎ焼と・・・・・を頼みました。

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2012年5月14日 (月)

ぶら空堀

5月12・13日「ぶら空堀まつり」とのことで、12日午後、久しぶりに空堀商店街とその周辺をブラリしてきました。何でも空堀には三つの商店街があって、それら全てが合同の催しは初めてで画期的なことだったようです。西の松屋町筋側から、「からほり商店街」「はいからほり商店街」、谷町筋をわたって上町筋までが「からほりどーり商店街」です。この三つ、アーケードの形状も全く競い合うように、丸ドーム型~三角型~大きな弓形となっており、どれほどの関係かがよく判ります。

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手前が丸ドーム型のからほり商店街、壁の向こうが三角型のはいからほり商店街。

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これがからほりどーり商店街。こちらは商店街全長全体の1/3のみがアーケード付き。

昨今のシャッター・・・とかに較べれば、結構活気があって賑わう商店街です。新旧のお店が軒を連ね、おもしろみのひとつとも言えます。ひとつ気になるのは、商店街に面して市街地高層マンションが立地することによって、商店街のお店の連続性が損なわれ、雨風・日射が入るところです。高層化のための前面空地部分も有効活用と言うより連続性を崩すデメリットとなっています。

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ここまで「スーパー玉出」!!! 「KOYO」のようにいかないものですかね?
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こども落語のイベント中。

空堀については、これでは全く語り尽くせず。続編といきます。




2012年5月 7日 (月)

5月7日初辰さん

GW連休明けの今日5月7日は、5月の初辰さんの日です。

連休明けにもかかわらず、熱心な参拝客で賑わっていました。きょうはゆっくり「初辰さんまいり」ができず、賑わっている写真のみです。この賑わいをもう少し周辺にも広げることができればと思案中です。

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2012年5月 6日 (日)

ミニチュアのまちを行く~続編

大阪市立住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」でのミニチュアのまちで、もう一つ驚きがありました。大阪の住まいの変遷を示す中で、戦後まもなく、城北にあったバス型市営住宅です。建設資材のない中での住宅供給の姿として、中古バスの車輪をはずして、それを住居にしようと発想です。民間のアノニマスなものならわかりやすいですが、これが市営住宅であったというのでびっくりしました。(そう言えば、今の朝ドラで戦後間もない中、中古バスの中での場面もありますね。)

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さらに、これらの配置が絶妙です。写真にあるように何やら共有の小屋を囲む円形配置です。震災後の仮設住宅での問題提起と同じく、単純な横列型配置の方が効率的かもしれないところの丁度いい規模の円形配置です。当時の市職員の方々に感服しました。

また、模型では自動車が走りそうな道路(円形外)と円形を貫き隣接のブロックとを連絡するショートパスが描かれています。

ひとの知恵や技術というものの真価は、そんなに進歩していないなあと、逆に、昔のひとはモノはなくても知恵は無尽蔵というところでしょうか。

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2012年5月 1日 (火)

新しく、mnaaのウェブサイトを開設しました。

新しく、mnaaのウェブサイトを開設しました。

http://mnaa.jp/

同サイトから、weblogでこのブログにもリンクしてきます。

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ミニチュアのまちを行く

大阪市立住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」。昔のまちが模型などで再現されているとは聞いていましたが、ずっとこれまで行かずにいたことを大変悔やみました。ずっと以前に、千里の民博の日本の集落などの少し大きめの模型やNHK横の歴史博物館の大阪のまちの各種模型などありましたが、これらと違った興奮を感じました。

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この空間の奥行き感とまちの生活感、そして親近感のあるリアリティに、これまでとは違う印象を持ったのだと思います。ほんとうにまち歩きしているかのような錯覚に囚われます。
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これらの模型の展示、床から60~70cmの位置です。こどもたちの目線には丁度良いのですが、おとなにとっては、これらは普通には俯瞰の風景となってします。これらの模型が上下するか、見る側が容易く上下するかができれば尚良いですね。
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もし、まだ行ったことがない方は必見の価値がありますので、早く行かれることをお薦めします。いろんなところから評価をもらっている様子ですが、否々これからどうなることかわかりませんよ。


2012年4月30日 (月)

レンゲdeすみ博~雨に濡れても!

22日の雨に濡れても、「レンゲdeすみ博」開催です。

住吉大社「御田」でのレンゲ摘みはどうだったのか、午後からの様子見だったので、午前中のこどもたちやお絵かきの状況は判りませんが、レンゲが咲き誇り、こいのぼりがなびき(風がなかったので垂れたまま)、こどもたちが舞台ではしゃいでいます。

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丁度行った頃は、今宮高校ダンス部の演技が始まったところ。噂に寄れば、今高のダンス部は凄いんだって!とのこと、ご存じでしたか?素人目にも大勢のカラフルでエネルギッシュな演技が「げんきdeすみ博」といった様子です。この元気良さで、予算がどうのと言わずに、楽しいまちづくり賛成です。削るべき予算は違うところにもっとたくさんあるでしょう!

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ぱっと手を広げて飛び上がったところなどのシャッターチャンスをねらえど、失敗です。

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当日日曜日だったので、太鼓橋の西側絵馬堂付近では恒例の植木市です。丁度、盆栽の競りの最中でした。盆栽カフェがsumiyoshiにやってきたのと関係があるんでしょうか?

2012年4月27日 (金)

喜連のまち歩き参加~環濠集落:喜連村

喜連というと、喜連瓜破(「キレウリワリ」と読みます)と合体して呼ばれたり、読み方クイズの問題になったりでご存じの方も多いでしょう。私は、東喜連、西喜連と大阪市営住宅ほか団地が建ち並ぶ地域というイメージが強く、そんなに古いもののあるまちという印象が全くありませんでした。(結構近くにおりながら)平野郷は有名でそれなりの位置づけでしたが、こんなに近くに同様な環濠集落があったことを初めて知りました。その後、さらにsumiyoshiを含むこの周辺には他にも環濠集落といえるようなものがあったと言うことを知り、これまでの知識の浅はかさに愕然としているところです。大大阪になる少し前ぐらいの古地図(明治から大正期)を調べてみようと思っています。

蔵を持つ大きな屋敷との連なりとその狭間の路地空間、こんなところに残っていたとはもう驚きです。その意外性に飛び上がりそうでした。

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この軒の高さと路地の幅、そしてひと。この絶妙なプロポーションといったところです。
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長屋門の構えと環濠の端に位置するお地蔵さん
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お地蔵さんの横のシャッターの建物、なんだか判りますか。地蔵盆の時の設え用の資材庫だとの由。地縁的コミュニティの良好なしるしですね。ただ、建築的にはお隣のお地蔵さんと対にもう一工夫があればなあと残念!
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庄屋さん級のお屋敷(旧農家)の門を入って前庭に面する母屋。非常によくメンテナンスが行き届いており、驚きと感服です。これらの時代は比較的新しいと思いますが、学生時代にみた羽曳野の吉村家にも次ぐりっぱさを感じました。
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母屋の玄関を入って座敷を見たところです。正面に見える仏壇がこのお宅の格を感じさせますね。
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この黒漆喰は当初からなのか聞きそびれました。
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これはまた違うお屋敷の前庭からの母屋です。前庭は母屋の南側。
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母屋の北側にあるお庭と北東?(鬼門?)になぜ蔵なのかも聴きそびれました。丁度、戌亥に当たる位置にはこんもりとした土盛りの上にお稲荷さんが祀られていました。
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地域の集会所、右から「中青年會館」とあります。今思えば、中年・青年の会館かとも読めますが、やはり中央の青年会館でしょうね。これも確認し損ねました。木造和洋折衷風の雰囲気がいいです。最近の新しくされた地域のコミュニティ会館のなんとプアーなことかと参りました。
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この床の飾りのことを知っていますか。地域の人は周辺を含む改修が大変で困っておられました。これって、大阪市が歴史の散歩道的に各所に整備をしてきたものです。昔々もう30数年も前に一心寺の高口恭行先生が携わったものだと記憶しています。(間違っていたらごめんなさい)最近の小型インターロッキングブロックよりはいいかもしれませんが、やはり石敷きか、アスファルト色でなく土色での整備が望まれます。
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2012年4月23日 (月)

sumiyoshiの近況風景~続編

この前の新しくできたお店から西へ150m程行ったところに、また、新しいお店ができそうです。

今度は、「盆栽カフェ」とかいう名前で、どんなお店ができるのかと興味津々でした。そのお店がやっと姿を現し、さらに興味が高まるものでした。

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この写真は4/17頃ですので、今はもう少し内外共に飾り付けができています。4/26がオープンということで、予定より少し遅れたようです。オープンの予定がわりと直前に変更になるところなどその柔らかさが気に入りました。こちらは先のお店とは違い、シャッターもなく、ガラス窓から中をのぞくことができ、夜も照明で明るくショーウインドウ的になるようです。

下の写真は夕景の写真で、ライトアップされていますが、少し以前に見たときはもっと軒下の照明から壁面全体が照らされていました。

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少し内部が伺えますが、木調を大切にしたインテリアの日本茶カフェで、盆栽のネット販売もしている会社がここに引っ越ししてくるとのことです。最近は「盆栽」が西洋も含めてブームになっているらしいですね。これから、近くのじいさんばあさんの姿もいや、若い人たちの姿も見かけることと期待します。初辰さんの日などは特に盛況となるのではないでしょうか。一時のことでなく長くこの地であらんことにも期待です。

ネットも紹介しておきます。

http://www.grado-infinito.com

オープンしてから、また続報します。

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2012年4月22日 (日)

sumiyoshiの近況風景

最近のsumiyoshi、特に磯歯津路沿い界隈に変化があります。

今年初め頃でしょうか。2階建て長屋の一部がそれまでと違って白いシャッターに変わりました。何かお店でもできるのかと見ていましたがしばらくそのままでしたが、1~2ヶ月してからでしょうか。アンティークとかカフェとかの手書き看板でお店らしきものが開きました。雑然とした雰囲気で中も暗く、入りにくい感じです。最近ある民放のまちあるき番組で少し取り上げられたようです。全く生活のないところに較べると、まちの活気とか明るさという点では、少しは評価すべきかもしれません。

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そうは言いながらも、やはりもう少しという点があります。お店の中身については、いろいろな趣味嗜好があり好き嫌いがあると思いますので、評価は先に送ります。気になる点は、お店が閉まっているときのことです。お店の内容からして、ずーっとオープンというのは難しいでしょうから閉まっている時間帯・曜日があるのはやむを得ません。

オープン時にはそれほど気になりませんが、閉まっているときの白いシャッターです。周辺の意匠からして、この白さは目立って仕方がありません。「閉まっていますよー!」と大きな声で叫んでいるようです。

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夕景の写真なので判りにくいかもしれませんが、想像はつくと思います。

これは絶対、黒か茶黒のシャッター・シャッターケースであるべきです。黒くしてしまうとまちが暗くなってしまうという意見はあると思いますが、閉鎖状態でいくら明るく見えても意味がなく、そのときは黒子になってもらうのが一番という考えです。

2012年4月19日 (木)

精華VS集英VS愛日~「泊園書院」との繋がり?

4月14日に、下寺町の應典院での「関西の歴史建築vol.5ビデオ上映会・・・旧大阪市立精華小学校」に参加してきました。精華のビデオに続いて、大大阪時代の小学校を語る式で、上記3校の卒業生による語る会でした。参加者の1/3強は、3校の卒業生(高齢?)の方々という盛況ぶりでした。

精華小の保存再活用の運動は現在も継続中ですが、他の2校は、現在は全て失われてしまったのものへの追憶と反省さらに精華への激励です。

精華小は、今度4月20日に久々の現地見学会が行われます。小生も参加予定です。しっかり見てこようと思います。

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集英小学校と愛日小学校は共に船場の北部、淀屋橋から北浜付近で、愛日は今御堂筋に面するodonaの場所にありました。当所が再開発されるまで、随分老朽化したイメージの学校として記憶にあります。その愛日と集英が統廃合でひとつとなり、その際に集英が統合後の継続となり、愛日は全くの民間への土地売却となりました。集英は現在は校舎も全面建て替えられ、開平小学校(北浜の少し東)となっています。

藤澤南岳の「泊園書院」ときたら、この前まで少し関係していたDVD資料作成の中で、大阪・住吉の藤澤桓夫・石濱恒夫に至る系譜を繋がるものです。やはり、「・・・・/いろいろ/sumiyoshi」に意外なところで繋がりびっくりした次第です。このDVDの件はまた別の機会に紹介します。乞うご期待です!

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さらに興味深い話として、3校とも特に立地場所の地名とは関係のない校名であることに着目しました。「精華」「集英」「愛日」との命名の由来は何かという話。未だ定かではありませんが、江戸後期に開かれ、明治初期に藤澤南岳のよって再興された漢学塾「泊園書院」に由来するという説があるそうです。「泊園書院」関係資料は現在、関大が所蔵しているとのことで、そのことの真偽を調査中とのことでした。

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サクラのつづき/都心の意外な桜

もう散ってしまったと思います。遅れての情報ですが、今まで何度か行っていましたが今回初めて気づきました。

大阪ミナミの国立文楽劇場の前の歩道部分に特別に、左右対称に2本の桜が満開でした。歩道部分の特別な配慮ですね。西側は少し元気がないためか枝折れか敢えて切ったのか変形しています。もっと立派になって道路を侵食するぐらいになればすごく意味が出てくるように思いました。

この写真にあるように、南側には千日前通りの幹線道路、上空には阪神高速の環状線。横長の歌舞伎舞台を見るような額縁内のサクラです。

周りの環境は良くないけれど、がんばれ!!!

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2012年4月13日 (金)

阿倍野橋の上の橋の続編

その後、4月に入っての阿倍野橋の歩道橋の進捗状況です。

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リング状に架かった橋の通路中央部のみを仮設に行き来できるようになりました。JR天王寺駅と近鉄百貨店側を結ぶ太い動線になる橋はこれからの架設のようで、「a」の丸くつながった部分だけの仮設が終わり、仕上げ工事中というところです。

知っていましたか。今工事中の歩道橋は、上から見るとあべのの「a」を描く平面になっている話。下の絵は、「a」が丁度上下逆さになっています。

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下の写真の右側、円弧の右側にさらに大きな円弧の連絡橋がこれから架かるはずです。
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前回も言っていました、チンチン電車ホームとの連絡の件、どうもこのリング状の橋からは離れて分岐したところで階段とエレベータかなというところです。道路も拡張されるところですから、この駅・ホームも拡張あってもいいはずです。もう少し詳しく調べてみます。

2012年4月10日 (火)

桜満開ひと万代池

昨日の日曜日は、大阪では今年の花見の最盛ではないでしょうか。公園や道沿い、さらに民家の軒先とそこかしこに結構桜の花見を楽しむことができます。花見の宴とはいかなかったのですが、花見の宴の人たちの見物に止まりました。

今日は月曜日なので、ゆっくり静かに花見ができるのかなと思いきや、平日にもかかわらず、大勢の人たちで賑わっています。昨日は、若い人たちや家族連れ、大きな団体などでしたが、今日は、ママ友たちに子供も一緒になんて姿を見かけました。それと、大小の車で乗り付けた近くの介護施設のひとたち。車椅子に乗せてもらいながらの数人のグループでの散歩も結構目を引きました。正しく超高齢化時代です。

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すみよし・万代池のさくら
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これまで寒さをじっと我慢してきたと思ったら、急にパッと咲き誇るサクラ。やはり気持ちもパッと明るく晴れやかになるのはサクラの魔力でしょうか。


2012年4月 2日 (月)

4月1日初辰さん

4月1日、日曜日で天気も良好、コートももう不要という日柄の4月の初辰さん。さすがに人出も大変多く、「はったつ市」「初辰アートマルシェ」?どちらの名前がどうなのか詳しく説明できませんが、お店の数もこれまでの普段の倍近くでていました。「磯歯津路」なるお菓子販売も「すみ博」のTwitterでも言われていたように、販売から29分で販売完了とのこと。50個限定ですから本来ならいつもそれぐらいであって欲しいところですね。これからは限定個数の増も十分検討可能ではないでしょうか。

念のため、これはエープリルフールではありません。

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これは、社の参拝の順番を待つ行列です。お正月でもこの社にこんな行列はできなったと思います。すごいですね。これって、丁度前日に周辺地域取材のテレビ放送があったことも影響しているんでしょうか。テレビだけの一過性でないことを望みます。

2012年3月31日 (土)

「浄土寺浄土堂」その2

浄土堂の内部は撮影禁止だったので、浄土寺発行(小川光三撮影)の堂内撮影写真を購入していました。勝ったときにちらっとしか見ていなかったのですが、取り出してよく見てみると、先に言っていました、浄土堂西面にある蔀戸が全開された写真ではないですか。国宝の三尊像に焦点を当てたものですが、撮影時にはやはり西方に開かれた蔀戸の意味がよく判っていたのでしょう。開け放たれた堂に配された、大きな三尊像。残念ながらその情景の空気までは感じられません。是非開放される機会にもう一度行ってみたいと思います。あのおばさんでなく、お願いしたい、(でもひょっとして住職の奥さんだったりの時は失礼をお許し下さい。でもお願いします。)

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2012年3月30日 (金)

烏帽子をつけたディレクター?

偶々、住吉大社第一本宮での結婚式が行われていました。(3月20日)

天気のいい祝日だったので人出も結構ありましたが、神前に加えて多くの人たちの前で白無垢の花嫁が印象的ですね。

ところで、手前で白い装束・黒い烏帽子の若い神主さん風の人が気になりました。よくよく見ると、ハンディカムしているではないですか、これは正しく結婚式の進行のディレクターに間違いありません。住吉大社も結婚式ビジネスに熱心なようで、「吉祥殿」なる宴会場施設をつくり、挙式の方法もいろいろ選択肢があるらしいですね。本殿での挙式、神殿での挙式や本殿参拝との組み合わせなど、大安吉日ともなれば境内のいろんなところで、花嫁さんに出くわすことになります。華やかな風が、まちには明るい刺激になりとてもいいと思います。但し、「烏帽子をつけたディレクター」のように、みんながフェイクにならないよう注意しなければなりません。

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2012年3月28日 (水)

やっと「浄土寺」に行ってきました!

約1年来の念願が叶いました。石山修武氏著の「生きのびるための建築」で紹介されていた、小野市にある浄土寺浄土堂です。鎌倉期の革命的建築を築きあげてきた、俊乗坊重源です。重源といえば、東大寺の再建、大仏様(天竺様)の南大門などが一般の日本史でも教わるところですが、重源が東大寺の再現のために建てた7つの別所のひとつが播磨の「浄土寺浄土堂」です。「浄土寺の小野市」とされている割にはあまり観光地化されてなく、辺鄙な田舎のお寺の域でした。でもこれが国宝です。

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図面や写真は見ていましたが、やはり現地で見ないとロケーションはわかりません。寺全体としてはぞんざいな扱いで、その中で国宝・浄土堂もさりげなく佇むといった感じです。寺全体が西の平野に開いた緩やかな斜面途中に築かれた形で、浄土堂がその一番に西側に配置されています。つまり浄土堂の西側全面の蔀戸を全開すれば、阿弥陀三尊像の背後に西の浄土が開けるという仕立てになっています。先の著作では7月にこの蔀戸が全開され、「そこに西日が射し込んで落ちると水田に反射して光が入ってくる。巨大な阿弥陀像が光の光背で壮厳される。」とあります。わたしも是非その場に立ちたいと思い、お堂の受付のおばさんに聞いてみたのですが、5月の花祭りの時にお堂東側の三つの扉を開けることはあるが、それ以外にはそのようなことはしませんよと予想外の言葉。何度か念を押したのですが、それでもノーです。残念!お堂の周りを巡って西側の三間全ての蔀戸を確認し、想像するのに止めました。

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内部の柱梁組のダイナミックさ、架構による造形美、予想を上回る迫りくるものを感じました。

外観も、直線的な寄せ棟、全く反りのない直線的な軒線、三間×三間で支える力強い柱、まるで現代建築を思わせるような構成美です。今まで知らなかったことを恥じることしきりでした。

(内部は撮影禁止でした、ごめんなさい、仏様の肖像権は侵していませんがダメですか?)

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少し交通の便は悪いですが、是非行って見て下さい。近くには「浄土堂」風の公民館?みたいな施設があったりして、意識しているんだなと思いましたが、その凄さは足元にも及ばず、妙に形をまねたときの弊害のみが目につきます。

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手前右の方形風は上記の公民館?とはまた別の擬風。

2012年3月27日 (火)

大阪場所「立浪部屋」はどこ?

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すでに先の日曜日に、白鵬の22回目の優勝で幕をおろしています、大阪場所。約ひと月前から住吉大社の境内に「立浪部屋」が居を構えていました。記憶が定かでありませんが、10年ぐらい前からでしょうか?

今では珍しくなった常設の土俵が、境内にはあります。高校とか大学の近畿レベルの大会などが催されているのと、この立浪部屋での利用です。私など小さき頃、「さくらばたけ」と読んで野球や鬼ごっこなど走り回れる広い原っぱでした。今では大社の文華館や社務所、さらに駐車場と「土俵」(屋根付き)となっています。

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普段はこのような囲いはないのですが、部屋が滞在しているときだけこんな風になっています。朝7時頃から9時半頃まで、囲いの中に入って稽古風景を見られるとのこと。でも聞いた話では、そうするとご祝儀を渡さないとという話です。

いつも大阪場所になると、難波駅周辺や地下鉄・南海電車でおすもうさんを見かけるようになり、ある種の季節感を感じるものでした。住吉大社周辺でも社前チンチン電車沿いにのぼりがたくさん掲げられ、風呂敷持ったおすもうさんがウロウロ、自転車乗ってる姿も見かけます。

白鵬が来ていたという話も聞いています。一度見に行かなければと思いながらも今回も叶わず。月曜日の朝にはすでに囲いもとられ、片づけ・清掃で若いおすもうさんが手伝っていました。次回こそチャレンジしてみます。

2012年3月22日 (木)

ART de すみ博/日本画大阪画壇

3月17日、「アートdeすみ博」:住吉に住んだ日本画家や住吉大社絵所預の画人たちの活躍を掘り起こした講演・トークショーです。

少し予備知識があったので、研究家の講演、関係者のトークショー共に、とても興味深くおもしろくお話を聞くことができました。

大阪に日本をリードするような画壇があったという話、これらを大阪人が守らずして誰が守っていくのかなど。大阪に美術館は必要です。

特に、横山大観とも並び称される「中村貞以」(39歳から帝塚山に住んでいた)のお弟子さんであった松岡政信さんのお話は高齢にかかわらず、話しぶりを愉快で当時の様子が目の前に浮かぶようでした。

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前段にギターの演奏もあり、良かったです。後の日本画との関係で、和の楽器とのセッションなんてことになるとより良かったんですが、贅沢は言いません。(演目には配慮してもらっていましたね)
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